ロサンゼルス郊外トーランス市ビクター小学校

学生たちの体験記

ロサンゼルス郊外トーランス市ビクター小学校

ロサンゼルス郊外トーランス市ビクター小学校

大学2年生
長田晃祐(ながた こうすけ)さん <参加期間8週間>

「何でもトライしようと思った気持ちとか、何でもやってきたということに自信があります。」

◆  海外インターンシップ参加のきっかけは?

大学に入学してから海外プログラムが何個かある事を知りました。カナダ、フランス、スペイン、アメリカと、行き先、目的、期間などは様々でした。普段はバレーボールの部活も忙しく休める事もないので、大学生活中に部活を休んで海外研修にいけるというのは、こんな時しかない!と思い、思い切って長期コースのアメリカ行きに決めました。これに参加するために、夏からバイトを掛け持ちして貯金しました。両親にも大学1年の時から行きたいと話していたので、親も頑張って、と応援してくれてました。

◆  沢山のコースの中からアメリカコースを選んだ理由は?

大学で専攻しているのは国際学科の英米語コースなので英語圏の国を選択しようと思いました。オーストラリアのコースが他の参加者と語学学校に通うという5週間コース、アメリカの小学校で先生のアシスタントをするという8週間コース。どっちにしようか迷いました。オーストラリアコースは自分が強制的に勉強しなかったら英語も話さないかもしれない。アメリカコースは日本人が自分1人という英語の環境。迷った結果、普段日本語を使えないという事を体験したいと思い、アメリカコースに決めました。アメリカは有名な国で日本にいながら情報が入ってきてたけど、自分で行って目で見て確かめて、その文化を体験してみたかったという理由もありました。

ロサンゼルス国際空港に降り立ち、空港を出た瞬間、、、日本じゃない。ここから始まるんだ、と思いました。自分を変えたい訳ではないけど、何か一つでも成し遂げられたらなあ、という思いはありました。もちろんすぐに答えや成果は出るとは思えないけど、日本に帰ってから何かにプラスになるといいな、と思ってました。日本での生活は、毎日部活をやっててバレーは上達するけど、勉強はしないという毎日でした。ここにいるなら何か成長させられるかな、という期待はありました。 

◆  一日のスケジュール

7:15  起床。朝は家族ばらばらでみんな朝食はシリアルで適当にすませる。
8:10  家を出る。徒歩で学校に向かう
8:30  学校に到着
10:00  遊び時間。
10:30  クラスの続き。本の読み聞かせなど。
11:15  ランチ(雨の日は10:45からランチ。) ランチはチーズとハムのサンドイッチを作って持参してランチ代は浮かす。
13:30  園児は一列に並んでお迎えが来る準備。
13:40  終業。園児を見送って、先生と少し話して、帰宅。
14:10  帰宅。近くのショッピングモールに行ったり、昼寝をしたり、ホストブラザーとTVを見たり。
18:00  夕食。ホストマザーは15時には帰宅、ホストファーザーも17時過ぎには帰宅しているので、みんなで夕
      食を取る。家族全員が少食で、僕だけが食い荒らしているようにみえる。
19:00  敷地内にあるジムに行ったり、ご夫妻と海まで散歩に行ったり、娘さんの美術の作品を見たり、弟とビデオを見たり。

◆  アシスタントティーチャーの研修内容は?

朝学校についたら、まずは園児と遊びます。40分にチャイムが鳴ったら園児に、”take us to a class room”と言われてエスコートしてあげます。クラスについたら提出物を出し、国旗を前にして胸に手を当てて朝礼。ここから授業は始まります。まずは数字を数える所から。毎日一つずつ増えていって、今日は124まで数えてました。

学校での僕の役割は、先生を手伝ったり、作品が残ってる子の手伝いしたり、ペイントの手伝いしたり、数学を教えたり、宿題ホッチキスでまとめたり、遅い子のサポート、日本から来た園児(1名)のサポート、片付けを一緒に手伝ってますが、授業中に園児と一緒になって色塗りしたりするときもあります。

10時45分にはランチを買う子買わない子二手に分かれて、カフェテリアまで。一列は僕がリードして連れていく役目でした。ジグザグに歩いたらみんなもちゃんとジグザグに付いてきて、楽しんでくれてたみたいです。ランチの時は僕の隣を取り合うんです。クラスの園児は18人いる中、大体は10人くらい集まってきてくれます。そこでランチがメッチャ遅い子がいれば面倒を見たりしてます。

園児にはMr. Kosukeと呼ばれてますが、Kが発音できない園児はMr. Sosukeになったりしてたりします。そしていつの間にかMrがなくなりました。

◆  アメリカの学校で驚いたことは?

普通の学校スタイルに驚きでした。先生は普通ににコーヒーをカップを持って教室に来るんです。その他、学校には職員室がない、園児に昼寝の時間がない、みんな色んな国から来ているから色んな英語の発音がある、、、色んな事にびっくりでした。それに先生は朝から怒ってて、「今は成績をつけるところだからあなたと話したくないわ」、ってはっきり言うんです。それにも驚きです。困ったことは、僕が園児を叱っていい立場のか、どうかわからないことでした。園児が何か悪いことをすると先生はよくTimeOutを取って、子供が遊べなくなるんです。僕も明らかにダメだろうと思うことをした子に対して注意をしても、その子はそれを続けちゃうし、、、、怒りたくない、怒れない、そこは悩みました。

気を遣ってTimeOutの子の様子を見に行こうとしたら、先生に行ってはいけないと注意を受けました。その理由がMr. Kosukeが行ったら園児は遊んでしまうから、との事でした。注意を受けたとおり遊びすぎてもいけないので、いつも僕の隣にいる園児には、みんなと遊びなさいと話をしました。

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◆  一日一日を振り返って

ある日園児に教室の電気も消えた頃、これやってって頼まれた事があったんですが、僕、時間がないからやらないって嫌な顔をしたんです。でも結局は手伝って上げたらその園児、すごくうれしそうだったんです。後後、たった30秒だけくらいなら、快くやってあげてもよかったんじゃないかなあ、と深く考え、もし明日そういうことがあったらちゃんとやってあげようと思いました。このように、今日はこういうことがあったから、もし明日もこういうことがあったらこうできたらいいな、とか、今日こういうところが良かったから、今後とも自分の中で続けていけたら、とか振り返りをしてます。

◆  バス利用について

平日学校までの通勤は徒歩だったのですが、週末はバスを利用して色んなところに行きました。近くにあるデルアモモール、サンタモニカ(2時間くらい)、ハリウッド(2時間くらい)、同じ大学から一緒に参加した友達の家。最初はめっちゃどきどきしたけど、今はもう普通に乗れて遠出でも迷わず行けました。

ただ、今でも気になるのが、サンタモニカからの帰り一番後ろに座ってずっと外を見てたら、隣にいたおじさんにどこまで行くのかと聞かれたんです。行き先を伝えると、携帯で「20」という数字を見せられたんです。降り場に近くなってから、次降りなって合図してくれたんですが、その「20」は、「20分」という意味だったのか「20ブロック」という意味だったのか、、、今でも疑問です。

◆  滞在中に困ったことは?

特に困ったことはなかったんですが、借りた自転車を盗まれたときにはショックでした。自転車でモールに行って鍵をかけておいたのに盗まれてしまいました。昼間の14:30~16:00の間の出来事でした。探したけどなかったくてしょんぼりして帰ると、お父さんのドンマーイの声。その夜のご飯は僕を元気付けるためか、食べ放題連れて行ってくれたので、僕もやけ食いでした。

それに英語も、最初は「こんなにも英語のスピードは速いのか」と驚きましたが、3日くらいしたら慣れました。

◆  ホストファミリーはどんな家族?

ホストファミリーはベトナム系のご家族。ご夫妻と長女(大学生)、長男(中学生)の4人家族でした。非常に活発なご夫妻(特にお父さん)、そして日本語を少し話せる長女、内向的で大好きな長男でした。

食事は様々。ご夫妻はベトナム出身なので、基本はヌードルでヘルシーな食事が多かったです。ご飯はやばい!おいしいし食べすぎっていうほど食べました。その他はライススープ、ベトナム春巻き(16個食べてみんなびっくり!)、メキシカン、ピザのテイクアウト(10切れくらい食べてみんなびっくり!)が結構多かったです。外食でもベトナム料理やバッフェの店に連れて行ってくれました。

初日目にベトナム料理を出されたんですが、緊張してて食べれない!と思ったけど、僕の心配をよそに沢山食べる印象をつけたようで、2回目以降は知らぬ間にLサイズが出てきました。特に、こっちで好きになったチキンとコーラの時は、お父さんはKosukeやったな!という感じで必ず沢山注文してくれて、もちろん頼まずともにコーラがLサイズで注文されます。

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◆  ホームステイについて

よくホストに当たり外れがあるってみんな言うけど、楽しみ方は自分次第だと思います。最初はみんな緊張すると思うけど、その後この体験を面白くするかしないかは自分次第。僕も部屋から出たり出なかったりとしてますが、一緒にTVを観るだけでも同じ時間を過ごしているし、又、唐突にどこか行こうって誘われたらそれが何でも「よし行こう!」と思って積極的に参加しました。

ひょんな事から長女のベット作りを手伝うことになったりした時もあったり、数時間のサイクリングに誘われたりと、日本だったら「えー、行かねーよ」と思うことも、こっちだったら全部経験。失敗でも経験。成功しても経験。こっちきて嫌な後悔はしてない。なんであの時ああしてしまったのかと思う時はあるけど、あの時行かなかったらよかった、という後悔は一回もありません。

◆  ホストファミリーとの交流

ある日誕生日パーティーに誘われました。その時は大きなパークでわいわいと30人くらいの人が集まってました。日本でこのようなパーティーに行った事がないから緊張して、紹介された人は誰一人として覚えてません。その時出たメキシカン料理を、お父さんに食え食えって言われて食べたのは覚えてます。

二回目は、ご夫妻の知り合いの家でのパーティーでした。このパーティーでは主催者のご夫妻とも仲良くなれて本当に楽しいパーティーでした。その時はこのご夫妻に、用意されてあった食べ物を沢山食べてくれ、って言われました。ちなみにその時もメキシカン料理でした。

それ以外にも、ビリヤードに連れて行ってくれたり、夜の街・ハモサビーチ(見るだけ)をドライブしてくれたり、クオーター(25¢コイン)ショー(お父さんの趣味らしい)、クィーンメリー号まで観光に連れて行ってくれたりしました。

週末は大体土曜日は友達と遊びに行って、日曜日は家にいてホストファミリーと時間を過ごすようにしました。

◆  トーランスからサンタモニカまでのサイクリング

毎週日曜10時頃にお父さんが部屋をノックしてきて、サイクリングに行くぞ!との掛け声。ご夫妻と僕。ヘルメットをかぶりいざ出陣。1回目はトーランスからサンタモニカまでを往復2時間かけてサイクリング。サンタモニカからの帰り道、もうここで歩きたいよ、と思っている時にお父さん、満面の笑みでスイスイスイスイ。「何で笑いながら早いんだ!」。コンドミディアムのゲートが空いて、家に着くとお母さんが夕飯を作ってくれてたので、やっと帰ってきた~といういい感じ。家に着いたときは達成感がありました。

2回目はサンタモニカの手前の海・ベニスビーチでUターン。ベニスビーチに行ったとき夕日が落ちる瞬間、これは日本では見れないな、すげえ、日本じゃねー、日本で見たことねーと思いました。スケールが全然違いました。

3回目は途中でお父さんの声。「ここからUターンして帰るか?それともサンタモニカまで行くか?」お母さんはUターンを選び、僕は風邪をひきかけていて若干咳も出てたけど、これも経験と思いお父さんと二人でサンタモニカへ。サンタモニカについてからはプロムナードで大道芸人のショーを観て、買ってくれたチーズバーガーとコーラを食べて、お父さんと楽しい時間を過ごしました。

サイクリング以外でも、ご夫妻は(たまにお子さんも)大体週に2、3回夜にビーチまで散歩に行くんです。いつものお父さんの「行こう!」の唐突な号令で、アクティブな時間が開始されてます。

こういう体験をして、毎日楽しかった。後悔はない。プログラムに参加してよかった。そう思える瞬間がいくつもあります。

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◆  自分の成長

ここでの生活はまったくもって初めてのこと。だからこそ失敗することはわかっているから、別に笑われたっていいや、やってやろう!と思える。日本では旨くいかないことが多かったし、ま、いいかなあ、といういい加減な感じ。マイナス志向だった気がします。日本にいた時は「今日は上手くいかなかったから明日も。。。」と思っていたところ、アメリカでは「今日はだめだった、ああどうしよう。。。まあ明日はなんとかやってみよう!」と前向きに考えられました。

◆  ひとこと

来る前に迷ってた研修先。バレー部の先輩が参加した4泊5日のグアム研修。このコースは午前は英語の勉強、午後はオールフリーという日程。カナダ研修はホテル滞在。それはそれで勉強+遊びで楽しいコースだったと思います。今回僕が選んだアメリカコースは英語だけの生活だったので毎日が勉強でしたが、本当にいい経験ができました。これに参加するためにバイトした事も後悔しないと思えたいい研修でした。ここで得た何かを今後に活かしたい。就職は空港で勤めたいと思っているので、この経験がそのステップになったらいいなと思ってます。

振り返ってみても、メッチャ成長したとか、英語がバーっと話せるようになったとは思えないけど、何でもトライしようと思った気持ちとか、何でもやってきたという事に自信があります。この経験を通して、自分はあの時あれだけの事ができたんだから、という思いを原動力にして、これから色んな事に積極的に取り組んで、色んな知識を身に付けたいと思ってます。無駄にはならない学校生活を送りたい。英語検定、TOEIC試験、就職セミナーなどに参加して、そして英語力を伸ばす。学内のほとんどの園児・児童の名前を覚えたし、彼らも自分の名前を覚えてくれたので、次はもっと英語を話せるようになって戻ってきたいと思います。

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